ハンガリー人ニュー・メディア・アーティスト
ヘゲデュスは、1985年から1988年までブダペストのハンガリー応用美術アカデミー写真、グラフィック・デザイン、ビデオ・アートを勉強した後、1988年から1990年にかけて、オランダのフローニンゲンにあるミネルバ・アカデミー、またエンスヘデのAKI美術アカデミーで研究を続けた。その後、ドイツのフランクフルト・アム・マインのシュテーデル・シューレ付属新メディア研究所にて大学院課程を修了。ヘゲデュスは、新たなメディアが前例のない創造の可能性を提供し始め、芸術的利用がより容易になってきた時期にデジタル・メディアを早期に自身のキャリアに取り入れたアーティストの世代のアーティストである。1980年代末から2001年まで、ヘゲデュスは芸術的表現の中核要素としてコンピューターベースの双方向性を用いた、傑出した作品群を創り出した。それらのほとんどは現在、記録資料としてのみ存在しているが、アートビデオゲーム、拡張現実、インターフェースの分野を開拓した先駆者である。
1980年代末にビデオアーティストとして活動を始めたヘゲデュスは、《ヒエロスガモス》《イゼ・ド・オイル》《そして硬い石を挽いて粉にせよ》(1987–1990年)といった作品において、コンピューター処理された映像、音、ライブ映像がお互いに与える影響を模索した。これらの早期の作品はしばしば、イメージと音声が閉回路式の相互作用をリアルタイムに記録したものであった。双方向性、リアルタイムのコンピューター・グラフィックス、1989年ごろの新しいインターフェイスに通じてくると、彼女は視覚的、また参加型芸術の新たな可能性を発見した。彼女の1990年代初期のインタラクティブなインスタレーションは鑑賞者を精神的、感覚的な空間のなかでの旅をするよう誘った。その空間は知覚、解釈、記憶、経験の垣根を曖昧にするものである。彼女の創造における野心は、共感覚的な作品と経験を、様々なメディアを使って体現すること、また新しいオーディオビジュアル・メディアの可能性を用いて作り出すことであった。自身の初期の作品を参照しつつ、時たまゲーム構造や歴史的なプロトタイプを活かすことで、これらの作品は、身体、空間そして仮想性を行き来する関係を探求する、知覚と仮想現実の性質に焦点を当てている。
《フルーツ・マシン》(1991年)では、3人のプレイヤーが複数の軸を持つ操作装置を共同で操作し、分割された円筒を所定の位置に合わせる必要がある。ここでヘゲデュスはゲームの語彙を共同体の美的体験へと再構築している:この作品は競争ではなく、プレイヤー間の巧みな連携と協調が主題である。《手の視覚》(1992/1993年)と《言葉のあいだ》 (1995年) は、触覚的交流、感覚の再身体化、そして鑑賞者の手による意味生成を前面に押し出すインターフェースを通じて、身体と仮想性の脆弱な関係性を探求する。《洞窟の構成》(1997年)は、これらの探求を没入型環境へと拡張した共同制作作品である。ここでは木製の人形がインターフェースとなり、ユーザーは7つの画像の領域で映像と音声を操作できる。この代理の身体を通じて、身体動作と空間変容を結びつけるメタ言語が構築され、身体を無限の仮想空間内に批判的に位置づける。《メモリー・シアターVR》(1997年)では、ヘゲデュスはルネサンス期の記念劇場を想起させ、円筒形の驚異の部屋として構成された仮想博物館を創出する。四つの異なるテーマ世界を巡る中で、観客は映画・芸術・文学・科学・建築が交錯する仮想現実で自身の文化史と出会う。《語られたもの》(1998–2001年)は、公的に評価される文化遺産と日常生活における個人的に意味を持つ物との対比を探求し、個人の経験が集合体の構築にどのように寄与するかを浮き彫りにする。
「ふたつの脳で生きる:1960年代〜1990年代、ニューメディア・アートで活躍した女性アーティストたち」プログラム