イギリス人 パラメディア・アーティスト
スザンヌ・トレイスターは、ロンドン、セント・マーチンズ・スクール・オブ・アートおよびチェルシー美術学校(現チェルシー・カレッジ・オブ・アーツ)で学び、ロンドンとフランス・ピレネー山脈を拠点に活動している。
トレイスターが初めてデジタル・カルチャーに触れるのは80年代の終わり、ロンドンのソーホーにあったアーケードのビデオゲームだった。若い画家だったトレイスターはゲーム機のもつ物体性やコンピュータグラフィックスによって生成されたポップなイメージ、そしてそれらが映し出す戦争や暴力といった架空の映像に興味を抱く。グラフィック編集ツールがもたらす可能性に惹かれ、1991年にパーソナルコンピューターを購入した。この最先端の機器との出会いが幻惑・予測・神秘主義・反抗といった要素をはらむテクノロジーとの関係を形成し、彼女の作品を満たすこととなる。
トレイスターは、テクノロジーという題材に包括的なアプローチを取りながら、テクノロジーが社会に対して持つ潜在的な可能性とリスクの間の緊張関係を顕わにする。テキストを加え、ビデオゲームの美しさを再現した一連のデジタル・コラージュ作品や架空のスクリーンショットは、彼女の手法の基本であり、精神分析的なアプローチと未来の予測や予言が対峙している。彼女がこれほど特異な形でニューメディアの世界に足を踏み入れたのはおそらく、以前から精神分析理論、ホロコーストと東欧、またSFに関心を持っていたからだろう。彼女はすぐに、デジタルツールがもたらす物語の可能性の範囲に着目した。デジタルツールにより、直線的なストーリー展開から脱却し、異次元や時空間を行き来する手段を得て、「物語性と“現実”が流動的で変幻自在になった」と彼女は説明する。1995年、《あなたはバーチャル・パラダイスを認識できますか(Q. Would you recognize a Virtual Paradise?)》と題したウェブサイトを開設、この対話的、根源的、超文脈的な物語の構想を実践した。また現実では、彼女の分身であるロザリンド・ブロツキー(「ロザリンド・ブロツキーとのタイムトラベル(Time Traveling with Rosalind Brodsky)シリーズ、1995–2006年」では、さまざまな電子部品を組み合わせ拡張されたデバイスを身につけている。
世代的とも言えるが、トレイスターの作品には1990年代半ばのITツールの普及に伴って現れたユートピア思想の雰囲気が漂う。彼女がEメールを利用し始めたのはオーストラリア滞在中であり、彼女はこのツールによって距離感が縮まることに魅せられつつも、インターネットの起源が軍事的なものであることに非常に批判的であり続けた。政府と大企業が次第に科学技術を独占し、その開発の主導権を握るようになると、トレイスターはITツールを手放し、ドローイングに回帰した。
2009年から2011年にかけて、トレイスターは「HEXEN 2.0」シリーズを手がける。図表やドローイングで構成される本作品は、サイバネティックスの歴史、またこの学問領域とコンピューター・サイエンスやインターネット、軍、カウンターカルチャーとの関係を探求し、ウェブ2.0が社会統制システムとしてどのように機能しているかを表そうとした。このプロジェクトではマルセイユ・タロットに着想を得、同タイトルのタロットカードセットの形式を取った。
グラフィック・ドローイングのシリーズ「庭師HFT (HFT The Gardener)」(2014–2015年)では、難解な解釈、意識のサイバネティックス、現実の権力の循環から生まれる幻想の美しさが交錯する。この作品に登場する架空の人物ヒレル・フィッシャー・トラウンバーグは、コンピューターアルゴリズムを活用してミリ秒単位の短時間に膨大な数の取引を行う高頻度取引(HFT)トレーダーで、精神活性作用のある薬物の実験を行い、100種類以上の精神活性作用を持つ植物の民族薬理学を研究している。
トレイスターは “その後”に向けた計画の必要性を確信しており、「HEXEN 5.0」(2025年)を制作している。「HEXEN 2.0」の拡張・更新版となる本作品は、前作同様にタロットカードセットを含む一連のドローイングと図表で構成されており、ブロックチェーンや地球システム科学、惑星間の量子通信といった題材を取り入れている。対話し、学び、住みよい未来を想像するためのツールとしてデザインされた「HEXEN 5.0」は、楽天主義と共感の持つ力によって、オルタナティブな未来を想像させる。
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