1933年日本統治下の台湾生まれ。戦後、九州福岡に引き上げ、福岡に在住、活動。

現代美術家、田部光子は、戦後日本の1950年代末から60年代にかけて全国各地に出現した前衛芸術運動グループのひとつ、「九州派」に所属した女性アーティストとして知られている。しかし田部の活動は、九州派の時代（1957–1970年）や枠組みに留まらず、2010年代まで継続し、発展した独自のものであった。

田部は1957年に「九州派」旗揚げ展に出品したのを皮切りに、この年から1960年にかけて、九州派のグループ展ばかりではなく、毎年複数の公募展に積極的に出品し、受賞を重ねている。自由美術協会展、朝日新聞社主催の西部女性美術展、九州派が仕掛けた九州アンデパンダン展、そして各展の優秀者を集めた西日本洋画新人秀作展であり、その中で注目を浴びた初期作品が《魚族》と《繁殖》のシリーズであった。この頃は、アスファルト・ピッチを熱で溶かして、それをベニヤ板の上に垂れ流し、その上に竹を輪切りにして貼り付けるなどした。《魚族の怒り》は、1954年の第五福竜丸事件を引き起こしたアメリカの水爆実験や、当時まだ原因が公表されていなかった水俣病などの環境汚染への憤りを背景に描かれた。

九州派時代の代表作は、1961年の《人工胎盤》と《プラカード》であろう。当時妊娠中で制作を続けた田部は、女性の長い妊娠期間からの解放を願って、マネキンの腰の部分を逆さにして綿やピンポン玉を貼り付け、釘を打ち付け真空管を挿入した立体3点と、胎児を表わす2点のオブジェからなるインスタレーション《人工胎盤》を、東京の銀座画廊の九州派展で発表。これは1970年代アメリカのウイメンズ・リブ運動に先駆けて、女性解放をテーマとしたアート作品であろう。田部は思想からではなく自らの妊娠と制作に引き裂かれたアーティストの実感から、この作品を着想したのであった。残念ながら当時、男性しかいなかった美術批評家はこの作品の意味を正当に評価できず、作品は廃棄され、2004年になって再制作された。

同じ展覧会に出品された《プラカード》5点はオリジナル作品が現存し、現在は東京と福岡の美術館に分かれて所蔵されている。これらはアフリカ諸国の独立や反アメリカ、地元の三池炭鉱の争議などへの社会的関心と、キスマークや女性器を象徴的に表した、エロティシズムへの田部の関心が混交した、意気盛んで情熱的なプラカード（政治的・性的看板）であった。これらは襖を支持体としている。田部の制作はタブローを越えて自由に広がって行った。

九州派解散以後の田部は、1974年から10年間九州女流画家展を主宰し、1980年代にはメール・アート「地球芸術郵便局」を開設した。1988年に主婦定年退職宣言をして画業に専念。1990年代から、田部にとって宇宙の象徴である林檎を中心に据えて、油彩とコラージュによる《Apple Series》や、林檎の周囲に石膏の手による手話の表現を加えた《Sign Language》シリーズを発表している。