フランス人パフォーマー、写真家、映像作家
ソフィ・カルは、医師でコレクターでもあった、カレ・ダール(ニーム現代美術館)の創設者ロベール・カルの娘である。1979年にカルが行った最初の芸術的なパフォーマンスは、見知らぬ他人を代わる代わるベッドに招き入れ、8日間のあいだ一時も一人にならずに過ごすというものだった。カルは参加した人々の写真を撮り、彼らに質問を投げかけ、繰り広げられた議論のテーマや、眠っている人々の寝相を丹念に記録した。この《眠る人々(Les Dormeurs)》と題された作品は、批評家のベルナール・ラマルシュ=ヴァデルの関心を引き、1980年のパリ・ビエンナーレにカルが招聘されるきっかけとなった。
カルの作品は、細かい規則に基づいて制作され、人生と芸術の間の強い結びつきを浮かび上がらせる。他者の不在を主要なテーマとして扱うカルは、喪失による苦悩を払い除けたいと望んでいるように見える。そして、尾行、失踪、調査などをゲームのように計画することで、作品の制作過程にリズムをつける。例えば、ヴェネチアへ旅立つある男性を追跡する《ヴェネチア組曲(Suite vénitienne)》(1980年)や、カル自身の指示で母親が探偵にカルを尾行させた作品《尾行(Filature)》(1981年)である。後者では、探偵によって写真付きの調査報告書が作成された。
同じ年、カルはヴェネチアで客室清掃係として働き、《ホテル(L’Hôtel)》を製作した。窃視狂さながら、ホテルの滞在者によって残された痕跡を押収し、それらを元に肖像画を描こうと試みる。まるで、公私の領域の境界を取り調べるかのようである。カルの作品は一貫して、一種の写真小説のように、写真のイメージと結びつくさまざまな種類の語り─調査や旅行、あるいは自叙伝─を生み出す。例えば、《ウェディング・ドレス(La Robe de mariée)》(1988年)、 《ラブレター(La Lettre d’amour)》(1988年) や 《鼻(Le Nez)》(2000年)では、写真と文章を通じて彼女の人生を描き出している。空想の自叙伝を出発点とするこの芸術形式は、1970年代の芸術に大きな影響を与えた「個人的神話」(ハラルド・ゼーマンが提唱した、1972年にカッセルで開催されたドクメンタ5の出展作家を包括するコンセプト)の概念を受け継いでいる。
《寝室(La Chambre à coucher)》(2003年)では、赤い靴、バスローブ、ウェディングドレスといった、1988年から展開されたこれらの「自叙伝」の表象が集められている。このように次から次へと収集されたオブジェ、記憶、象徴、お守りといったものが、緻密な思い出として凝縮され『本当の話(True Stories)』という書籍にまとめられた。1992年、カルは、映画監督のグレッグ・シェファードとの不幸な恋愛のいきさつを元に、『ノーセックス・ラストナイト(No Sex Last Night)』と名付けた初の映画作品を制作した。彼女の物語の形式は、その表現方法と同じく洗練されている。友人から毎年贈られるプレゼントをショーウインドウに収めた写真とその贈答リストからなる《誕生日の儀式(Rituel d’anniversaire)》(1980 – 1993年)も参照しておきたい。これらは、感情のこもった実際の記録である。
ポール・オースターの『リヴァイアサン』の登場人物であるマリアのミューズとなったカルは、1997年の《色彩ダイエット(Régime chromatique)》のために自身の身体も変容させると決める。一週間ものあいだ、毎回の食事ごとに自ら選んだ色の食材だけを摂取し続けたのだ。カルは躊躇いなく自分自身を曝け出すが、他者に語らせることも好む。「盲目の人々(Blind)」 (1986年)のシリーズでは、盲目の人々に美という概念の定義を言葉で表現してもらい、視覚において欠けているものを探究した。《ブラインド・カラー(La Couleur aveugle)》 (1991年)は、盲目の人々に色彩の知覚について書き起こすよう依頼した作品である。彼らのテキストは、イヴ・クライン(1928-1962年)、ゲルハルト・リヒター(1932年-)、アド・ラインハート(1913-1969年)、ピエロ・マンゾーニ(1933-1963年)らによるモノクロームについてのテキストと並べて掲示された。
カルは複数の書籍を出版している。またポンピドゥー・センターでは、2004年に「私を見た?(M’as-tu vue)」と題された展覧会が開催された。2007年、カルはヴェネチア・ビエンナーレでフランス館の代表となり、2作品を出品した。《どうか元気で(Prenez-soin de vous)》は、カルが受け取った別れの手紙を107人の女性に読んでもらう作品で、2008年にフランス国立図書館でも発表された。もう一点の《捉えられなかった死(Pas pu saisir la mort)》はカルの母親が逝去する瞬間を記録した映像作品で、ヴェネチア・ビエンナーレ招聘へのコミッションワークとして制作された。テキストやイメージでの対話を通して、引用や置換を用いながら、カルの作品は遍在する他者との関係について問いかける。
『Dictionnaire universel des créatrices(作家百科事典)』(2013年)より抜粋