日本人パフォーマンスアーティスト、映像作家
神戸女学院大学で学んだ後、パリ国立高等美術学校で学ぶ。1979年から1984年までニューヨークに滞在した後、1987年にパリに移り、現在もパリを拠点に活動している。谷内はパフォーマンス、ビデオ、写真およびインスタレーションを主に創作を行なっている。
1995年、「ミクロ・イヴェント」というコンセプトを生み出した。これは、社会的に起こる時事・文化的な出来事(=マクロなイベント)に対し、個人の生活・人生のスケールでおこる出来事を意味する。谷内はこれを、観客と作品およびアーティストの関係を再考する手段としている。このコンセプトを通じて、アートと現実の間にある境界線、さらにそれが性・社会・人種的などその視点を問わず、アイデンティティの多様性という問題に通底する境界線を作品の主題としている。
初期のミクロ・イヴェント作品は、1995年の《ミクロ・イヴェントno.1/あとのまつり/Trop Tard』(Micro-événement no 1 /Ato no matsuri / Trop tard) 、2000年の《ミクロ・イヴェントno.6/ベルリン/ファーストフード》(Micro-événement no 6 /Berlin / Fast Food) に見られるように、同じひとつの社会集団内でのコミュニケーションの難しさを浮き彫りにし、共通言語の限界を問うようなものであった。
また、谷内の作品の多くは、社会が個人に課す束縛を批判している。1999年の《ミクロ・イヴェントno.5 /9人の女性像》(Micro-événement no 5 /Neuf personnages de femmes) では、自らの役割に囚われた女性たちのさまざまなステレオタイプを取り上げ、旧来の社会システムからの女性解放の可能性について考察している。
公共の場で行われる彼女のパフォーマンスの中には、観客と直接的に関わるものもある。1998年の《ミクロ・イヴェントno.8 /パブリックアクション》(Micro-événement no 8 /Action publique) では、パリのスーパーマーケットで無断でパフォーマンスを実施。2体のプラスチック人形を手に母親役を演じて買い物をした。レジに着くと彼女は財布と身分証が盗まれたと叫び、それが現実の状況なのか創作なのか判断できない店員や買い物客を狼狽させた。このような不安や動揺を招く演出によって引き起こされる心地の悪さは、見る者に他者性との対峙を強いる。
1995年の阪神・淡路大震災で生まれ育った家を失ったことで、谷内は自叙伝と社会秩序への問いを作品として融合させるアイデアを着想する。1997年の《マイ・センチメンタル・ジャーニー》(My Sentimental Journey) は、テントの中に写真のスライドショーを投映するインスタレーション作品で、谷内の過去とのつながりの喪失や、母国とフランスとの曖昧な関係を反映している。
フェミニストであり2004年のノーベル文学賞受賞者でもあるエルフリーデ・イェリネク(1946年–)の『ノラが夫を捨てた後なにが起こったか』(Was geschah, nachdem Nora ihren Mann verlassen hatte oder Stützen der Gesellschaften、1977年)を読んだことを契機に、谷内はこの物語の続編として、社会から自由となった存在として、ホームレスとなったノラを創作、1995年《ビニール袋をかぶったレディ》(Plastic Bag Lady)、《ノラ・コレクション》(Les Collections Nora)、《ミクロ・イヴェント no.12/住居権》(Le droit de logement)などを発表した。
結婚式をテーマにしたミクロ・イヴェントは、“Mariage pour tous”(結婚を全ての人に)という政治的運動に先駆け、少なくとも2013年にフランスで同性婚を認める法律が成立するまでは、間違いなく谷内の作品で最も重要かつ革新的なものであったといえよう。谷内は2002年以来、あらゆる性的指向の290人以上の 「配偶者」と、フランス国内外の美術館、町役場、あるいはキャンピングカーなど、非常に突飛でバラエティに富んだ様々な場所で結婚式を挙げてきた。この作品は、2012年にヴィトリー=シュル=セーヌのヴァル=ド=マルヌ現代美術館(Musée d’art contemporain du Val-de-Marne、通称MAC VAL マクヴァル)で、2014年には東京・銀座のメゾン・エルメスのギャラリーであるフォーラム(Le Forum)でインスタレーション作品として展示・公演された。
そして、最近の谷内の作品においては、キンバリー・ウィリアムズ・クレンショーが提唱した「インターセクショナリティ」や、アシール・ムベンベのポストコロニアル思想と結びついた「多民族民主主義(démocratie multiraciale)」という概念が、重要性を増してきている。 彼女は現在これらのテーマを、2018年の《ミクロ・イヴェント no.50 /私の体は政治的》(Micro-événement no 50 /Mon corps est politique) のような参加者とともに創るパフォーマンスを通じて追究し、次代のアーティストへ自身のパフォーマンス観を伝え、身体の概念を社会・政治・経済的な次元にまで広げるべく、活動を続けている。
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